吉田 政重(よしだ まさしげ、永禄11年(1568年) - 寛永5年(1628年))は長宗我部氏の重臣。
吉田重俊のひ孫に当たり、六尺二寸の偉丈夫で腕力があり、武勇に優れていたといわれている。1582年の中富川の戦いを初陣に各地を転戦し、武功を挙げたといわれている。特に1592年の朝鮮出兵では敵将を捕らえるという大功を挙げている。1615年、大坂の役 大坂の陣では旧主・長宗我部盛親に従って戦い、大坂城落城後、土佐に帰国して、医者として多くの命を救ったといわれている。
その生涯で挙げた首は百十五個にも及び、身体には二十一もの傷を負ったといわれている。
戦国武将 よしたまさしけ
吉田政重の詳細